ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
 
この車、幾らだろう。


ふと口にした疑問に、平然と返った金額は…都心に構えられる一軒家並み。


「これからローン地獄だね、ご愁傷様」


嫌味を言ったはずなのに、


「あはははは~。やだな、現金(キャッシュ)に決まってるじゃないか。俺、借金をしたくない主義なんだ」


………。

"主義なんだ"が現実で通っているなら、人生薔薇色だね。


庶民には想像出来ないや。


更に…欲しい車が何台もあるらしい。

さすがに高級車2台もキャッシュでは買えないだろうと笑ったが、逆に彼に鼻で笑われた。全てを買うだけのお金のアテはあるらしい。


何でかは判らないけど…

不意に緋狭姉の怒った顔が浮かんだ。


芹霞ちゃんは何だか余裕だね~などと運転席から蒼生に笑われたが、そんなどうでもいいことを考えてでもいないと、あたしはこの空気に耐えられない。


前に座るのは――

上機嫌の蒼生と先輩。


後ろであたしと共に座るのは――

不機嫌極まりない煌と陽斗。


その激しい気温差に居たたまれない。


――お願いします。


確かに、決断したのはあたし。


だけど無駄に拉致られたいわけではなく、3人で逃げ出したいんだ。


そのタイミングを計っているんだ。


正直、蒼生が運転しているなら、逃げられるかもしれないと…淡い希望を抱いたりもした。


だけど。


内装まで青い特注フェラーリは、やはり特注らしく、運転手の操作なしにドアは開かない。


走行中鍵に触れるだけで、ぴーぴー音が鳴り響く。


蒼生を後ろから羽交い締めにしてみたら……などいう幻想は、あたしが少しでも不審な動きをする度に、蒼生がわざとらしいくらい、猛速度で蛇行運転をするものだから、防衛本能が危険だと判断した。


逃げようとしてみんな死んだら洒落(シャレ)にならない。


あたしの滑稽すぎるほどの慌て具合に、蒼生や助手席の先輩までも更に機嫌を上昇させてしまったみたいで、呆れ半分諦め半分の他男2人は、ますます機嫌を降下させていた。


蒼生のくだらない世間話に、相槌をうつのさえ億劫になってきた時、車は停車した。


ドアが開かれた先は――

鬱蒼とした木々に囲まれた、純和風の大きなお屋敷の前だった。

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