ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~
櫂は。
煌を見下ろす櫂は。
怒りよりも、訝しさよりも、ただひたすら哀しげな眼差しで、煌の荒んだ顔を見ている。
予感がする。
理由は判らないけど――
このままにしておくと煌は駄目だ。
確実に櫂と衝突してしまう。
ただひたすら一方的に。
煌が崩れてしまう。
どうしよう。
あたしはどうすればいい?
あたしはしゃがみ込んで、
褐色の瞳と同じ目線に立つ。
「……煌」
あたしの声が届いたのか、
その目はあたしに向けられる。
凄く…刺々しい視線だった。
まるで…8年前のような。
何で突然こんな風になったのか判らない。
戻れ。
いつもの…可愛いワンコに。
あどけない笑いを見せる…いつもの煌に。
それが――
「らしくないよ?」
本当の煌でしょう?
すると褐色の瞳は、苛立ったように細められた。
無感情というより、
何かの感情が爆発しそうな痛い視線。
「流されないで、煌」
何が起因か判らないけれど。
もし櫂を憎む情が湧いているならば。
「真実と虚構の区別くらい、できるでしょ?」
それが真実のはずがない。
あたしは知っている。
煌にとって櫂は絶対的存在。
憎むべき要素は全くない。
あるのだとすれば、誤解に決まっている。
あたしは、8年も煌の幼馴染をしてるんだ。
どんなに煌が櫂を慕っていたのか、あたしは知っているから。