願わくばこの時が止まるよう
□プロローグ□




「那鶴、元気にしてた?」



水で洗ったばかりの墓石に、右手でそっと触れる。

ひんやりとして気持ちいい。

ここに来るまでずっと、セミの声が鳴り止まず、照りつける太陽が眩しかった。

日傘を差しても、暑いものは暑い。

まだ午前中だというのに、30度は超えているような気温だった。

でも、ここだけはそんな暑苦しさを感じなくて。

私達以外誰もいない、ひっそりとした墓場。

木が、墓場の周りを囲んでいて、当然セミも鳴いているのだけれど。

墓石から手を離すと、何滴か雫が落ちた。

那鶴は左利きだったよなあ。

そんなことをぼんやりと思ったり。

私達があげた線香の煙が、風に吹かれて横を通り抜けていく。

少しずつ、空へと上りながら。

柄杓と空になったおけを持ち、墓石から一歩遠ざかる。

そして、彼の隣に並ぶ。

墓石には那鶴の苗字、「岡村」と彫ってある。

昔、那鶴とよく言い争ったことを思い出し、くすっと笑う。

急に笑って変なやつと思われてないかな。

こっそりと、隣にいる彼の顔を盗み見る。

彼は私のことをまったく気にしてないかのようで、無表情に近い顔をし、ただそこに立っていた。

私にとって、それは励みとなる。

目を閉じなくても、那鶴と過ごした日々は簡単に思い出せる。


「那鶴ってさ、苗字は岡村で普通なのに、何で名前は変なのよ?」

「え?なつるって普通だろ。」

「いやいや、漢字とか思いっきり当て字だし?」

「人のことばかり言ってさあ‥‥。自分の名前はどーなんだよ。」

「レナって普通じゃん。」

「そうかあ?あと、水川って苗字も変だろ。」

「ただ単にこの学校にはいない苗字なだけでしょーが!そんなこと、言わないでよね。」

「お互い様だろ~」


よく、那鶴とは口喧嘩に近いことをしていたな。

那鶴は男の癖に、私と身長が2センチしか変わらなくて。

目線がほとんど変わらなかった。

だからよく言い争いをしたのかも。



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