キミのいる世界で
「いやー、ビックリしたぜ? 入ってきたと思ったら、いきなり逃げるし」
まだ乾ききっていない髪をタオルで拭きながら、青年は笑う。
それに対して引きつった笑いを浮かべながらも、私の足は意思をもったように青年から離れようとするが――
それを察したのか。赤毛の青年は進行方向を塞ぐようにして、口元を更に歪めた。
いつかの盗賊を彷彿させる嬉々とした目は、私を一直線に貫く。
唯一違う点と言えば、顔の作りが良いということだろうか。お風呂から上がったばかりということもあり、良い香りもした。
「なぁ! 海、見たことないんだろ?」
必死に逃げようとしていた私の体は、海という単語に反応する。
好奇心というものは、どれだけ恐ろしいのだろう。数秒前までは頑なに聞き入れなかった青年の言葉に、興味を持ってしまった自分がいる。
「この町にあるんですか……?」
「もちろん! キミさえよければ、連れてくけど?」
次々と青年の口から出てくる、魅惑的な言葉。
海とやらに行ってみたい。けれど、フーリオには外に出ないように言われている。
私の自制心は、あと一押しあれば完璧に揺らいでしまいそうなほどに脆くなっていた。
「絶対、行ったほうがいいと思うけどなぁ。少しなら大丈夫だろ? な?」
段々と近づく青年の顔。視線を泳がせたままの私は、もう限界だった。
「じゃ、じゃあ……少しなら」
ごめん、フーリオ。
"海"という存在に惹かれてしまった私には、彼の忠告など何の枷にもならない。
差し出された手を取ってしまった瞬間、部屋に戻るという選択肢は跡形もなく消えてしまった。