唐女伝説
「鑑真様という唐僧を知っちょるか」
「名前だけは」
「鑑真様は唐の高名な僧や。楊貴妃様のことも当然知っとられるやろ。鑑真様に全てを話し、道鏡に楊貴妃様を返すよう言って貰おう」
「兄者は鑑真様と面識があるのか?」
「鑑真様は東大寺大仏殿の前に戒壇を建てられて以来、東大寺とは縁が深い。東大寺の者だと名乗れば、会えぬ事もあるまい」
「ふむ」
「他に妙案があるか?」
「分かった。兄者に任せるよ」
 兄弟は望みを鑑真に託す事に決めた。
 鑑真は御歳七十という高齢者である。四年前に来日し、律宗の高僧として、皇族貴族の崇拝を一身に集めている。盲目であったが、その発言は天皇でさえ、動かせる威力があった。鑑真の進言ならば、道鏡とて無視できぬであろう。
 小助は道山が周旋に奮励努力している間、住み込みの働き口を見つけ、働きだした。料理屋の皿洗いであったが、その魚の捌き方の巧さを買われて、いつの間にか厨房で腕をふるう様になっていった。そこで年が暮れ、新年となった。
 小助は道山の運動をひたすら見守っていたが、鑑真の下の者達は道山の話を信用せず、鑑真に取り次いでくれなかった。
 道山はかくなる上は藤原仲麻呂に直訴せん、とその邸宅の周辺を彷徨いたが、不審者として藤原家の家臣に捕らえられ、袋叩きの憂き目に遭って東大寺に強制送還された。東大寺側は、時の権力者に対する陳謝の表現方法として道山を即日破門し、重傷を負っている道山を、小助に引き取らせたのである。
 小助は虫の息の道山に直面し、下宿で一人嗚咽する外はなかった。道山は衣服は散切り状態、顔相は痣だらけ、暴行を受けた傷跡が体中にあり、殆ど骸にしか見えない。
(おのれ、藤原仲麻呂め、道鏡め、鑑真め、東大寺め)
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