唐女伝説
「それで、名は?」
「それがあんた」
 くまは、女を横目でちらちら見つつ、
「本人によると、何と、楊貴妃様らしいんよ」
 と鼻で笑った。
「楊貴妃、様?」
「うん」
「真に?」
「信じられんなら、直接聞いてみいね」
「ふん」
 小助は、巫山戯た女だ、と苦笑すると、布団のなかで上半身を起こし、此方を注目している、女の側に胡座をかいて座った。
「先ずは、目が覚めてよかったね」
「にいはお」
「君の名は?」
 女は小助の言っていることが分からず、はにかむような微笑を振りまいた。
(だまされんぞ)
「かあちゃん、筆と紙」
「はい」
 くまは素直に筆と紙を小助に手交した。小助は筆と紙を女の枕元に置くと、
「名」
 と書いた。小助は年少の頃上京して、兄の道山とは別の仏門に入っていたことがある。或る兄弟子から求愛され、交際を断った途端、寺の者から虐められ、帰郷した経歴を持っている。学問好きの一風変わった漁師なのである。
「楊玉環」
 女は、確信にみちみちた筆跡である。
「楊玉環?」
「楊貴妃の本名なんて。良玄先生がゆうとった」
「ふうん」
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