剣と日輪
「じゃ、此処で」
「ごきげんよう」
 邦子が、路地を曲がろうとした。
「邦子さん」
 公威は自制できずに、呼び止めた。邦子は怪訝な表象である。
「実家の方には、滅多に帰らないんですか?」
 何故こんな愚問を発しているのだろう、と公威は吾身に呆然としている。
「土曜に帰ります。しょっちゅう帰っていますわ」
 邦子はあっさりと告げ、しゃなり、しゃなり、と帰路を辿った。
(土曜日か)
 公威と三谷の交情(こうじょう)は、破談に無関係のまま、進暢(しんちょう)している。
(知らない振りをして、訪ねよう)
 土曜日が、恰(あたか)も戦犯にとっての結審(けっしん)の日の様に、理不尽(りふじん)な日子(にっし)となるよう公威は切望した。邦子から恵(けい)渥(あく)を受けるのだけは、御免(ごめん)であった。
 
 週末の午(ご)時(じ)、公威は三年前と同風(どうふう)に、三谷の寝室に駄弁(だべ)っていた。三谷は旨(うま)い具合に、京都より帰省していた。三谷は復員後、京都帝大に進んでいる。
「こうしていると、戦争なんかなかったみたいだなあ」
 公威は、やや感傷的になっている。
「ほんとだな。民主主義だ、公職追放だ、人間天皇だ等と気忙(きぜわ)しいがな」
「日本は民主化だ、象徴(しょうちょう)天皇だ、なんて言っても、結局日本であり続ける、と思う。何せデモクラシーなんぞより、大和魂は何千年も歴史に培われているのだ」
「そうであればいいがな。僕は京都に居るが、京都は千年の王城の地なのに、大阪と共に我国に於けるマルクス主義者の牙城と化している観があるのが、不思議でならない」
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