剣と日輪
 と誓約させられてしまった。梓の執拗なまでの文弱の徒への弾劾(だんがい)は、日米関係悪化の当節では、当代の正義であった。日本は開闢(かいびゃく)以来の多難な局面にあった。公威もそう認識していた。公威はドイツのナチス関係の書物を多量に読破させられたお陰で政治に目覚め、
「日米対立」
 という潮流も解析(かいせき)した。どう考察しても日本が、米国に戦勝できるとは公威には考量(こうりょう)できなかった。
 公威は文久三年生れでこの年七十九であり、
「江戸人の気骨」
 を尚有(なおゆう)する祖父定太郎に或日、
「日本は米国に勝てますか?」
 と興味本位で尋ねた。定太郎は往年の鋭気颯爽たる眼光の失せたいかにも、
「播州の豪農」
 といった皺(しわ)だらけの目容で、公威に貌言(ぼうげん)した。
「日本は今でこそな、台湾、朝鮮、南洋なんかを取って世界の大国の一つになっておるがな、おじいちゃんの生れた頃はな、本州と九州と四国と蝦夷地、樺太しかなかったんや。メリケンはな、日本の何倍も広いし、工業は世界一発達してる。日本はな、精々一年しか戦えんやろな」
「どっちが勝つ?」
「そら、公ちゃん。やり方次第やけどな。先の大戦みたいな戦になったら、日本はあれやな」
「負けるの?」
 定太郎は、
「そうならんように、一年で片をつければええのや」
 と言い放った。
「うまくいく?」
 公威は不安げである。この手の予感は少年ながら、異常なまでに発達していた。
「そらお偉いさん次第やな」
「東条首相は大丈夫?」
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