剣と日輪
「忌憚(きたん)無く言え」
 公威は重譴(ちょうけん)を撥(は)ね付(つ)ける口調だった。
「向いている、いないは、仕事ですから言ってもしょうがない。ただ、僕のライフワークではないです」
「小説がライフワークだと、言うのだな?」
 公威は黙認(もくにん)した。
「宜しい」
 梓は頷首(がんしゅ)した。
「さっきお母様は命あっての物だねと言ったが、私もそのとおりだと思う。このままだとお前はどっちつかずのまま、体を壊すか、不(ふ)慮(りょ)の死を迎えるだろう」
 梓は深呼吸をした。
「事ここに至っては、最早選択の余地は無い。大蔵省を辞めて、作家一本でいきなさい」
「いいんですか」
 公威と倭文重は、俄(にわか)には信じられない。終戦の日にも梓は同様な口外をして、反故(ほご)にしている。 
 梓は母子の惑惑(わくわく)たる意中に、畳(たた)み込んだ。
「今言った事は本当だ。撤回はしない。何なら誓紙を書こうか?」
「いえ、いいです」
 公威は重荷を吹っ切れた。爽快(そうかい)である。
「こんな嬉しい言葉を、お父様の口から聴こうとは、夢にも思いませんでした。有り難う」
「礼には及ばん」
 父子の和解に、歓喜(かんき)している倭文重が居る。
「日本一の難関を蹴ってまでやるからには、日本一の作家になれ。間違ってもくだらん流行作家で終わるなよ」
「はい。きっとなります」
「よし」
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