剣と日輪
「不倫」
 という倫理観を浚(さら)った。
「こうして、主人に内緒で密会してるのは、結局罪ではないのかしら」
「どうして?僕と君はお茶を飲んで、旧交を温めているだけだよ」
「二人はそうでも、周囲から見れば」
 邦子は店内の、無関心を装う看客(かんきゃく)達を看過(かんか)した。
「そうかな」
 公威は邦子の乖離(かいり)をさわんした。だが、批評は差し控えた。
(何とでもなるがいい)
 公威には、他人を説破(せっぱ)できる余裕がないのだ。
「私、主人以外の男性を露(つゆ)程にも想わないようにしなくてはならない、と思うの。だから」
 邦子は口(こう)鼻(び)を歪(ゆが)めた。
「洗礼を受けることにしたわ」
「キリスト教に、遁走(とんそう)するの?」
 公威は、イエスの教えを嫌畏(けんい)している。
「日本には神道がある。キリスト教よりも、何百年も古い伝統があるのだ」
 と誇っている。
「遁走?」
 邦子は、ジュースを飲み干した。
「迷いを断ち切るのよ」
 邦子のオブラートに包んだ告白に、公威は問い重ねた。
「何を、迷ってるの?」
 邦子は、言葉を返さない。視界は漂っている。

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