剣と日輪
 その文面にも、
「刑死するも、天命と受け止める」
 と綴(つづ)られてあった。
 永井は証拠不十分で、無罪放免となったが、あの一年間の気苦労というものは、生半可(なまはんか)なものではなかった。婚(こん)嫁(か)を悔恨(かいこん)したりもした。
(あんな境遇(きょうぐう)は、二度と御免だわ)
 邦子は、そう胸(きょう)情(じょう)に刻印している。
 ところがこの東大出のエリート官僚は、垂涎(すいぜん)の的である大蔵省官吏を辞職し、不透明な文飾界に鞍替えしようとしている。
(何て世間知らずな)
 邦子は公威の身の振り方に、憤慨(ふんがい)したのだった。
 公威は侮笑(ぶしょう)されようが、一向に構わない。ただ、河出書房の書下ろし長編シリーズの第五番目の書き手に指名されたのを天恵(てんけい)と享受(きょうじゅ)し、ストーリーを練るだけである。ふと、
(邦子との連関(れんかん)を書けば、どうだろう)
 と閃(ひらめ)いた。
(きっと受けるぞ)
 邦子は、公威を持て余した。公威は邦子の規定するスタンダード外の人士(じんし)であり、謂(い)わば天界から失墜(しっつい)した堕(だ)天使(てんし)のようなものだった。
「退屈してる?」
「いえ」
 邦子は実情を、見透(みす)かされまいとした。黒人差別の国USAは、華族や士族を廃した。日本人に階級は無いのである。
 邦子は、
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