剣と日輪
海神(わたつみ)ら怒りきそいて 撃たれてし敵(あだ)の船(ふな)人(びと)
玉(たま)藻(も)刈る沖にしづめぬ、
かちどきは今しとよめど
吉事(よごと)はいよゝ重(し)けども
むらぎものわれのこころは いかにせん
よろこびの声もえあげずたゞ涙すも
(松本徹編著河出書房新社刊年表作家読本三島由紀夫より)
       
 日本軍のハワイ真珠湾空襲は、航空母艦以外のアメリカ太平洋艦隊を撃滅(げきめつ)するという大戦果を齎(もたら)し、日本は英米蘭三国に宣戦を布告したのである。
 日本軍は電光石火の早業で東南アジアの英米蘭の植民地に進軍していき、昭和十七年三月にはジャワの蘭印軍が降伏した。日本は戦端を開いてから三月で、西太平洋と東南アジア全域をほぼ手中に収めたのだった。
 連戦連勝の気運の最中の一月二十一日、東条英機首相は帝国議会において、
「大東亜共栄圏」
 の建設を高らかに宣言した。東条は、
「欧米諸国によるアジアの植民地支配からの解放」
 を唱え、
「日本を中核とするアジア諸民族共存共栄体制の構築が、大東亜戦争の大義名分である」
 と声明した。
 十六世紀にレパントの海戦でオスマントルコ海軍が、エスパーニャ、ベネツィア、ローマ教皇の艦隊に撃破されて以来、欧米列強に侵略されてきたアジアの人々に、夜明けの一閃(いっせん)が漸く射したのであった。
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