剣と日輪
春の雪編納沙布(のさっぷ)岬
 昭和四十三年八月。北海道納沙布岬に一台のバスが停車した。中からぞろぞろと降車してきたのは、二十余の大学生である。オホーツク海と太平洋の境界であるこの岬には、夏がない。八月九日の真昼だというのに、気温は十七度だった。
「おおっ、見える。貝殻島や!」
 一段と弾む声を発する、身長一六七センチでがっしりとした身貌(しんぼう)のスポーツ刈りの青年がいる。
「あれか」
 早稲田大学国防部の血気盛んな学生達の盼(へん)は、一斉に海天(かいてん)に注がれた。海(うみ)霞(がすみ)の彼方に真赤な貝殻島灯台がぼやけて映り、更に後方に水晶島の影を見つけた。
「あそこまで、赤の脅威は迫ってるんだなあ」
 早大国防部は民族主義を掲げ、猛威を振るう共産主義、無政府主義の輩から、祖国を防備せんとしている。
「敗戦」
 と、
「安保闘争」
 を経て、共産主義と称する独裁主義者や、無政府主義と称する破壊主義者の魔の手は、マスコミや文化人、圧力団体等々を通じた多角的攻勢により、列島にじわじわと浸透していきつつある。
 学園は赤化分子の引起す紛争の場と化し、自衛官は、制服を着て街を歩いているだけでも、
「日の丸・君が代・天皇制反対」
 を唱え、
「非武装中立」
 なる愚論を妄信(もうしん)する、
「平和主義者」
 から、白眼視(はくがんし)されている。
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