剣と日輪
(日本を死守せねばならない。軍隊の無い日本を、どうやったらこの地獄の使者共から守護できるのか)
 公威は岸の健闘を祈りつつ、共産主義者の同類然たる新聞記者と一緒に、存亡(そんぼう)の国難に瀕(ひん)している祖国への貢献(こうけん)を誓願(せいがん)したのだった。
 六月十九日午前零時、
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」
 は自然承認となった。六月二十三日に批准書が交換され、効力は発生したのである。岸は歴史の大任を果たし、辞意を表明した。
 七月十四日、自民党大会は新総裁に池田勇人を選出。同日岸は暴漢に左腿(もも)六箇所を刺される重傷を負った。
 十月十二日、社会党委員長浅沼稲次郎が、十七歳の民族主義者山口二矢に刺殺された。共産主義、無政府主義、民族主義、民主主義、これらの政治思想が攻防し合い、テロリズムを頻発(ひんぱつ)させる呼水(よびみず)になっていた。
(日本を、これらの政治思想の害毒から守らねば)
 公威の焦燥(しょうそう)感は募る。公威は作家である。できる事と言えば、ペンを執るだけであった。公威は大和の国運を憂慮しながら、
「憂国」
 と題する小説を創った。
「二・二六事件外伝」
 たる、
「憂国」
 は十月十六日擱筆(かくひつ)され、十二月一日発売の、
「小説中央公論」
 冬季号に載る。
「憂国」
 は公威の、
「人生の圧縮」
 みたいな短編である。二・二六事件で皇都を血に染めた反乱軍を討伐する側に立った新婚の将校が、軍務に服せず、夫婦で自刃する、というあらすじだった。
 主人公の、
「切腹」
 の場面は壮麗(そうれい)極(きわ)まり、五年後に公威自らこの役を自主映画で演じている。公威の全てが凝縮(ぎょうしゅく)されている物語。それが、
「憂国」
 だった。

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