剣と日輪
 午後十時を回っている。納沙布岬は寝静まっていた。必勝と遠藤はバンガローを出て、浜辺を探索(たんさく)した。御誂え向きの小型漁船が浜揚げされていた。船外機を取り付けただけの船である。
「これなら操縦できそうだ」
 二人は幸運に愉悦し、船を押した。動く。
「さあ、出発だ」
 二人は力を込めて舷(げん)を突き動かした。だが、船底が砂浜に埋もれ、立往生してしまった。
「くそ」
 二人の腕力では、船体はびくともしない。何度挑んでも無駄であった。
「阻まれている」
 必勝はそう体感した。何かが阻害しているとしか思えない。必勝は尚も頑張る遠藤に、
「もうよそう」
 と力なくぼやいた。
「何故だ。意気地なし」
 遠藤は遺書を自宅に残して来ている。この一挙に命を懸けていた。
「俺一人でもやる」
 遠藤は独力で船尾を押し捲る。
「よせ、無駄だ。あれを見ろ」
 必勝は懐中電灯の明りを指した。警官だった。漁協の組合員を従えている。バンガローを見張っていた漁協組合員が、不審な行動をする必勝と遠藤を、派出所に通報したのである。
「右翼」
 は人民の敵なのだった。
 午後十一時半。千島会館の受付電話のベルが鳴った。宮崎正弘が受話器を取ると、必勝の声がした。
「どうした森田」
 宮崎の側には斉藤英俊も居る。
「ああ」
 必勝は自ら情況を概説した。
「警官さんにな、説諭されて、帰れることになった。今から派出所出るから、迎えに来てくれ」
 必勝は口早に哀願した。


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