剣と日輪
 公威は知らなかった。だとしたら、
(あの学生は寧ろ称賛に値するではないか)
 公威はどうして円谷二尉と森田の走趨(そうすう)が重なって見えたのか、解答を得た。
「そうか。骨折が治ってないのに、六キロも走っているのか」
(森田は必ず走破するだろう)
 公威にはそう断定できた。他の四名も同感しているであろう事は、個々の嚇曄(かくよう)から窺えた。
 案の定遅ればせながらザトペック宛らの走法の人影が、星光に照らされて向って来る。
「森田だ!」
 腕組みをしている助教をさて置き、公威たちは右上半身を傾けている必勝を囲んでゴールインした。
「よくやった」
 公威は必勝の肩を叩いて労(ねぎら)った。
「かっこわるいぜ、森田」
 日学同の友達も、そうけなしながらも、胴上げせんばかりに歓呼の声を上げている。
「もういい。寒いから中へ入って休め」
 助教は落伍した必勝に注意せず、そういい残して行った。
 必勝は公威達に抱えられるようにして、再びベッドに潜り込んだのである。
 
 訓練の春日(しゅんじつ)が過ぎていく。富士の裾野で数十名の志願者達は二十四時間心・技・体を切磋琢磨し、充実した春季を送る。必勝等体験入隊者には肉体鍛錬、戦術講義の外体力測定も課せられた。ソフトボール遠投、走り幅跳び、懸垂(けんすい)、五十メートル土嚢(どのう)運搬、百メートル走、千五百メートル走が種目である。
 必勝は右足に力が入らず、懸垂以外は皆落第点だった。山本が土嚢運搬で十三秒というレインジャー部隊並みの記録を出した時、誰よりも小躍りしたのは必勝である。
 公威はびっこをひきながら訓練に従事し、他人の幸運を我が事のように随喜(ずいき)する必勝に、人格の美(び)趣(しゅ)を感通(かんつう)していた。

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