剣と日輪
(このままではいかん。俺は何て馬鹿なんだ)
 公威は自己嫌悪に陥りながら徴兵検査を受け、
「第二乙種合格」
 となった。
「死」
 は公威の鼻先に突き付けられたのである。公威は二十歳で散華する天才作家の遺著となるであろう、
「花ざかりの森」
 を完璧に仕上げたかった。それには現世で唯一人心酔する詩人伊東の序文が、不可欠だった。公威は東京への帰途、二十二日午後三時に独りで住吉中をおとない、伊東家に招待された。
 公威が序文の願意を表明しようとしたところ、住吉中学生の神堀忍という生徒がやって来て、公威は言い出すタイミングを失った。神堀は林檎を持参していた。食糧事情は年々悪化の一途を辿っており、旅先でも米は自前の御時世である。果実の効果で座の主役はすっかり神堀に奪われてしまい、手土産無しの公威が居座っているのが、伊東には礼儀知らずと映り、不愉快であった。
 午後九時に、公威がやっと処女作の序文を再願望してきた。
(何時まで居る気なのか)
 と当惑していた伊東は、
(この学生は自分の事しか頭に無い)
 と公威に不快な俗臭を感得し、やや語気を強めて長崎のお国訛りで婉曲(えんきょく)に断った。
「私の序文等なくても、君の本は大丈夫。本は中身たい」
 こうもきっぱりと断言されては公威もそれ以上切り出せず、午後九時半、神堀と伊東家を後にしたのだった。
(何の為にきたのやら)
 公威は夜空に冷笑してみせた。
(まあ、伊東先生に会えただけでもいい。中身で勝負さ)
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