剣と日輪
(いくらばれない様に変装してくる様に言ったからって、それはないんじゃないか)
 と失笑を堪えながら山本一佐は問うた。
「ばれなかったですか?」
「はい。実は」
 公威は素直に白状した。
「総武線の車中で、学生に作家の三島由紀夫さんではありませんかと尋ねられ、誤魔化すのに苦労しました」
「でしょう」
「失敗ですかね?」
「否」
 山本一佐は諧謔(かいぎゃく)趣味に、剛直な顔の皺が緩んでいた。
「もう一工夫したらいいんじゃないですか」
「そうですか」
 公威は思い当たったらしい。レポ(情報連絡)の実演場である六本木では、サングラスをかけていた。
 六本木には防衛庁が在る。近辺の中華料理店や麻雀屋等を舞台に、外国のスパイは暗躍している。政府は山本一佐等から報告を受けているにも関らず、何等手を打っていない。
「スパイ天国日本」
 と列強から侮られても、
「平和国家」
 という美名の衛星国根性に固執する政府は、社会党や共産党の圧力を恐れ、見す見す国益を損ねているのである。
(ばればれではないか)
 公威の不恰好な変装が、何やら、
「お目出度い国日本」
 の反映のようだった。
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