剣と日輪
 教師達は公威により肉体的酷使の少ない士官になれと勧めたが、公威は頑として譲らず、
「一兵卒として、御国の為に働きます」
 と言志していた。
 公威が二等兵を意望した理由は、単純である。将校になるならば、十月十日までに入営しなければならなかったが、一兵士ならば、暫しの猶予期間があったからなのである。十月には、
「花ざかりの森」
 がやっと発売される手筈になっている。
(その刊行をこの目で確かめずに死ねるか)
 公威の生甲斐は処女短編集のみであり、それさえ見届けられれば、
「後は野となれ山となれ」
 といった気宇だったのである。
 三谷の勉強部屋で、公威は寛(くつろ)いでいた。窓外の夏雲が忙しく流れて行く。公威には友が居ず、居なくてもさして意に介しない性行である。ただ若し、
「意味も無く会いたくなる人」
 を友達と呼ぶのであれば、三谷だけはそう呼称しても差支えあるまい。
 公威は幼少期より、特異な性に陥っていた。公威が思春期に心を奪われた相手は同性であり、それも、
「汚穢(おわい)屋」
 や、放校処分になるような、
「不良少年」
 共だったのだ。奴等のワイルドな出立ち、立居振舞いに公威は憧憬(しょうけい)の眼差しを送ったものだった。公威は同性愛を未経験であったが、何れその道に入るであろう事は自明の理だったのである。
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