剣と日輪
 の上に、
「十四年」
 と印字されたシールを貼付してくれる手順となった。
 この愚にもつかぬ作業により、
「花ざかりの森」
 の販売は一月延期されてしまった。公威の文学熱を毛嫌いしていた梓が、
「御国の為に出征して行く我が子への餞に」
 とプロデュースしてくれた十一月十一日の出版記念会の席上に、現物が間に合わないという間抜けな事態となってしまったのである。
「花ざかりの森」
 出版記念会は、父梓が自発的に計図したものである。梓が旧知の間柄である上野池之端の雨月荘主人須賀に談じたところ、須賀が平岡父子の親愛と、出陣を控えた公威に対する哀惜の情に突き動かされ、会場を提供してくれたのだった。
 公威は十一月の或夜心底、
「花ざかりの森」
 の単行本化遅延の失態を梓に謝した。梓は後数十日で戦地へ駆り立てられるであろう長男が、不憫(ふびん)でならない。父としてでき得る限りの世話をしてやりたかった。私見としては公威には官僚になってもらいたかったが、最早徴兵検査に受かっているからには、息子は軍兵にならざるをえない。ゴールが国家によって規定された上は、
「せめて愛息の、一縷(いちる)の望霓(ぼうげい)の達成を祝福してやりたい」
 と奔走するのは、親として当然であった。
「折角の記念会に水を差した様で、すいません」
 項垂(うなだ)れる公威に、梓は逆さにしたラッキョウを想起させる相好を崩した。
「なに、そんなのは大した事じゃない。寧ろその程度の躓きなら、いい露払いになるさ。万事うまくいく訳が無いからな。こんなので済むのなら、万々歳さ」
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