剣と日輪
 梓の励ましが、こんなに身に沁みたのは類が無い。
「うん。有難う」
 公威は涙眼のまま、自室へと退いたのである。
 十一月十一日の夜会は、燈火管制下の都下雨月荘の奥座敷を借切って催行された。宴の間の灯り漏れを防ぐべく、外側に面した内側の壁一面に黒色の幕がびっしりと張付けられていた。広々とした暗室の卓上には、ビール、日本酒、焼酎、母倭文重が用意したとっておきのウイスキーまでが景気よく配列されており、飲兵衛達に歓声を上げさせた。来会者は、
 
徳川義恭 (装幀担当)
清水文雄 (学習院恩師)
栗山理一 (文芸文化同人)
林富士馬 (友人)
渡辺新  (七丈書院社員)
平岡倭文重
平岡公威

 の七名である。清水、栗山、渡辺の三氏は酒豪だった。公威は今夏ビールの苦味を覚えたばかりで、ニ杯だけ祝杯を飲み干し、以降酌をするばかりだった。食も細いので、談笑に終始したのである。それでも館外の不気味な静寂(せいじゃく)に比せば、ここは楽天地だった。何時米軍の空爆が始まるか知れたものではなかったが、
「例え東京がB29によって灰都となり、焼死しようとも構わない。続けよう」
 という暗黙の了解に包含(ほうごん)された公威達は酒宴の虜となり、内々の団欒に浸(ひた)り切った。
 この星月夜に、アメリカ軍の爆弾は都民の頭上に降注がれなかった。公威は心行くまで福慶(ふくけい)に酔い痴れ、快気に陶酔しながら、料理に舌鼓を打ったのである。
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