剣と日輪
「これから帝国ホテルで会合があるので、一佐の家と同じ方向だから、送りましょう」
 紅孔雀の妙味に絶妙のジョークを味わった公威は、さばさばしている。
「いいですか」
 山本一佐もそうだった。
「最後の記念」
 という平(へい)恕(じょ)な趣(しゅ)尚(しょう)が、両人を包懐(ほうかい)していた。
 赤信号で停車した車内の助手席で、暇そうにしている山本一佐に、公威は一冊の冊子を渡した。共産主義者同盟赤軍派の機関紙、
「赤軍」
 である。
「前段階蜂起敗北の教訓と世界党 世界赤軍建設」
 という表題が目に飛び込んだ。
「共産主義者は着々と世界征服計画を練っているぞ」
 という公威の警告かもしれなかった。パラパラと捲(めく)ると、
「何から始めなければならないか」
 とタワリシチに問いかける共産主義者の様々な誇大妄想的謀略が、山本一佐を滅入らせた。自動車は山本家の近くに差し掛かっている。山本一佐は大東亜戦争終結時将軍だった岳父に、どうしても会いたくなった。
「すいません。野暮用を忘れてました。この辺で降ろして下さい」
「そうですか。じゃ、あのバス停で」
「お願いします」
 自動車は迂回し、バス停前で山本一佐は降車した。
「では」
 公威が運転する自動車は反転し、やがて渋滞の公害の一つに紛れてしまった。
 路線バスが来た。扉が開いたが、山本一佐は微動だにしない。運転士は反応ゼロの山本一佐に小首を傾げると、やや荒々しげに発車していく。
 バス停横で山本一佐は、幾つものバスを見送った。
「許せ」
 その空言(くうげん)はバスの運転士に向けて発せられたものでないことは、明確だった。
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