剣と日輪
 が、
「日本文化の深淵(しんえん)」
 というテーマで、
「三島由紀夫特集」
 を組んでいた。
「タイムズ」
 の東京支局長も、
「三島由紀夫」
 の取材をしているのだという。
「愈々世界が貴方を放って置かなくなりましたね」
 キーンは四十八のだらけきった腹を揺(ゆ)すった。
 公威は腹筋の浮き出た体(たい)膚(ふ)をやや縮め、鼻で笑った。
「私はもう終わりに近付いている。豊饒の海の脱稿はもう直ぐだ。私はこの作品に作家としての全てを注ぎ込んでしまったから、完成後はもうする事がない」
 キーンは黙笑している。
「死ぬ以外はね」
 公威は言い切った。キーンは胸騒ぎを覚えた。
「何か心配事でもあるのですか?」
 公威はプールの方を向いた。キーンの問い掛けには応じなかった。キーンもそれ以上は問い重ねなかった。水飛沫(みずしぶき)が辺りに舞う。公威は、
「今夜はストークス氏と三人で飲もう」
 と急に声を上げた。
「いいですね。私も是非タイムズで取上げられたい」
< 346 / 444 >

この作品をシェア

pagetop