剣と日輪
「ほう」
 野田は、少々警戒した。
(ひょっとして志賀先生が、三島を評価しているかもしれない)
「で、どうでした?」
 志賀はけんもほろろに裁断した。
「ああ。あんな夢や空想で塗り固められた話を、僕は認めない。作者が妙に老成しようとしていて、反って面白味が減殺(げんさい)してたね」
「そうでしょう。花ざかりの森は一週間で四千部も売れたって、本人はいたく自慢していましたがね。彼が持込んだ中世とかいう小説もそうでしたよ」
 野田は文学界の重鎮の評言と己が判定した批評の一致に満足し、公威の才名を否認したままである。
 野田は公威の再度の来社にやや呆れ、
(一応読んではみるが、辛辣な批判で応えてやろう。その方が本人の為だ)
 と身構えた。公威が呈出した、
「エスガイの狩」
「サーカス」
 を受領すると、
「文芸に載せるかどうか、返事は一週間程待って下さい」
 と前置きして原稿を預かった。
「僕は病に冒されて兵役不可となり、今は小説だけが生甲斐なんです」
 公威はそんな殊勝(しゅしょう)な態度で接して来た。
(流石帝大生。俺の気持を見抜いて、今度は低姿勢だな。同情心さえ買おうとしている)
 野田はどこまでも公威からエリート臭を嗅いでしまう。公威は求職活動の大学生かと間違う程馬鹿丁寧に御辞儀をすると、さっさと退社した。
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