剣と日輪
 志賀は直吉から、
「三島由紀夫」
 という文学少年の名を聞き及び、学習院の後輩という点にも興味をそそられて、
「文芸文化」
 に連載された、
「花ざかりの森」
 に目を通していたのである。
 今年の初め、野田は志賀と都内某高級ホテルの会合で同席した。偶々閑話が近年の文学の不毛に及んだので野田が、
「最近の若者は渇いている」
 と自作品を商品同様に巧みに宣伝する公威の話をした。
「ミシマ某とかいう筆名を名乗る二十歳位の大学生でしたが、実に売名行為としか思えないような過熱振りでした。作品は確かに技巧的には玄人跣だった。併し良い意味での素人っぽさ、本質的な魅力が欠けていた。戦時下の死と直面している今の若者は、形ばかりの尽忠に捕われ、中身がついて行ってない。そんな感じでしたね」
「ふむ」
 志賀は記憶を手繰り寄せている。
「ミシマ?ひょっとして三島由紀夫の事では?」
「えっ?」
 野田は一驚した。
「そうそう。確かそんな名でした。ご存知なので?」
「否」
 志賀は鼻の下の髭に付着した麦酒の泡を拭おうともせず、コップをテーブルに置いた。
「彼が、愚息直吉の同級生だったのでね。直吉が天才文学少年が学習院に居る、と言うもんで、彼が同人誌に載せていた花ざかりの森という短編を読んだ事がある」
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