剣と日輪
「成る程」
 公威は大庭の令嬢に軽く低頭した。大庭の娘子は美人ではない。それが意味も無く公威に優越感を与えた。邦子と大庭の子女は、手を取り合っている。そうこうしている内に三谷夫人と祖母が連れ立って到着し、総勢九人に膨れ上がった一行は車中の人となった。
 公威と邦子は、七人と背中合わせの座席に向かい合って座している。どちらとも無く、惹かれるようにして対座したのだった。大庭が四人の婦女に饒舌(じょうぜつ)を振るい、女性陣はやや呆気に取られている。邦子の末の妹はシートの上で跳ね回り、中の妹と騒々しく遊んでいる。長い車中こうした連中の相手は、大儀なのだ。
 公威と邦子は愉悦を押さえきれない。邦子は満悦を押隠すべく、文庫本を取り出した。
「水妖記(ウンディーネ)」
 という書が邦子の笑謔を覆面した。
「すいようき?」
「そう」
「面白い?」
「とても」
 邦子は伏目になり、読者と化した。
 
 列車はなだらかな関東平野を北上して行く。果てしない大庭の独演から退避し、三谷夫人が邦子の二人の妹の手を握って、公威と邦子の間に立った。
「この御転婆ちゃん達も、御願い」
「私、御転婆じゃなくてよ」
 次女は膨れっ面になった。三女が公威の傍らに腰掛けた。
「ほら、貴方も見習って」
 三谷夫人に背を押され、次女は渋々邦子の隣席に座った。
「宜しくお願いしますね」
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