剣と日輪
 公威の自己反省が始まる。
(大体十九のうら若き乙女から素晴らしいラブレターを貰おうなんて、俺は何て消極的なんだ)
 公威の思考回路を、過去の性の実相が掠めた。
(俺は本当に彼女を好きなのか?俺は逞しい男の体にしか興味がないのではないのか?俺はただ他の青年を真似て、恋に焦がれているだけではないのか?今まで一度も女に関心がなかった事は、俺が熟知している筈だぞ)
 公威は一時間も思いあぐねた末に、
(巧みな返事を出してやろう)
 という月並みな答案に落着したのだった。
 
 桜吹雪が舞っていた。公威は神奈川県高座に在る海軍工廠に、四月五日に動員されていた。着任早々案内された防空壕は広大で磐石そのものだった。上官は、
「ここは東京よりも危険だ。米軍の空爆の標的だからな」
 と大仰(おおぎょう)な物言いである。
 公威は台湾から出稼ぎにきている十二、三歳の少年達の世話係となり、子供を指揮して穴窖を開作する日々が続く。部品工場の品々を爆撃から護る横穴壕だった。
 台湾の児童達は大方無邪気で、人懐っこく、嘘吐きで、怠け者で、不潔で、野放図で、全員栄養失調だった。脂物に餓えており、よく厨房から野菜や米をちょろまかしてきては、機械油で調理し、炒飯を拵(こさ)えていた。公威もそれを勧められたが、
「君達が食べなさい」
 と辞謝した。
 ボーイズは何れも中流以上の家庭の子等で、機械工の技術修得を目指し進んで内地入りしたのである。台湾の工場で指導者となるべく、修業しているのだった。
 公威は休憩時間に台湾語を教わり、御返しに、
「雨月物語」
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