剣と日輪
 靴を穿(は)き、邦子が爽快に宣した。公威は踏み出した。閃光(せんこう)がスパークし、何かを超えたような境地に襲われている。公威は学帽を被り、カップルは夕景に滲(にじ)んだ。
 邦子は公威の一歩後ろに従っていたが、唐突に、封筒を差出した。その際邦子のバストが公威の右腕に接触した。柔和(にゅうわ)な感触である。
「これ」
「何?」
 公威に封筒が渡った。
「後で読んでください」
「返事はどこに?」
「中に書いてあります」
「きっと出すよ」
 その後公威と邦子は有頂天(うちょうてん)のまま、駅の改札口で離別した。
(又必ず会える)
 という信証(しんしょう)が双方にはある。愁眉(しゅうび)とは無縁の黄昏(たそがれ)だった。
 公威は室家(しっか)に帰着すると私室に直行し、封書を開封した。青い便箋にはディズニーの漫画がプリントしてあり、洋物の絵入のカードが同封してある。内容は取るに足らぬもので、公威が三日前にプレゼントした小説のお礼と、疎開先のアドレスが記してあっただけである。
 公威は初めてもらったラブレターに過剰な期望を寄せていただけに、失望の色を隠せない。
(何だ。こんなもんか)
 公威はむしゃくしゃして、無味乾燥な六法全書を壁に放擲した。ぐにゃりと縊れたそれが、公威の心根を具現化していた。公威は邦子と自分の関係を検察している。
(彼女は恐らく生れて初めて、恋文を書いたに違いない。だとしたら、この稚拙さは寧ろ喜ぶべきなのかもしれない)
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