剣と日輪
 眼下に倭文重が居た。青いリボンの着いた麦藁(むぎわら)帽子を載せ、農作業をしている。
「お母様」
 公威は声高に呼んだが、倭文重は一向にトマトの収穫を止めない。公威は大音声を奏でた。丸で泣き叫んで生母を求める、乳呑児の気勢である。
「お母様!お母様ってば!母上え!」
 長男の徒ならぬ呼声に、倭文重は手を止めた。
「何?お母さん今手が離せない。用が有るなら、降りてらっしゃい」
 実兄宅とはいえ居候の手前、畑仕事を手伝うのは当然だった。勝手に現場を離脱できない。
「大事な、ほんとに大事な用なんだよう。そんな所で話せない。上がって来てよ!」
「しょうがないねえ」
 倭文重は兄に、
「一寸外します」 
 と断ると熟トマトが盛られた籠を携えて、二階まで上がってきた。
「なんだい」
 倭文重は日焼けしている。
(逞しくなったなあ)
 公威はひどく済まない気がしてきた。
「御免。ほんと重大な話だから勘弁して」
「いいよ。言ってごらん」
 倭文重は優しく促してくれた。
「うん」
 公威は三谷のレターには抵触せず、邦子との恋路が婚約寸前にあることを白した。そして、
「僕と邦子さんが結婚しても、上手く行かないと思う」
 と展望を述べた。
< 69 / 444 >

この作品をシェア

pagetop