剣と日輪
仮面の告白編再会
 湿り気を帯びた風態(ふうたい)下、麻布の雑踏の中に、公威は信号待ちをしていた。大衆はかんかいを右(う)顧左眄(こさべん)している。公威は小用(しょうよう)のついでに、
(どこか本屋はないか)
 とストリートを遠見(えんけん)していた。
「平岡さんじゃありません?」
 公威が振り返ると、ワンピース姿の邦子が低頭(ていとう)していた。
「おや、邦子さん」
 公威は仰天している。
 実は一月位前より、何となくこの日を予兆していたのである。先日なんか後姿の酷似(こくじ)した女人に、危うく声をかけるところであった。夢兆が具現化したので、
(こんな事があるんだ)
 と一驚(いっきょう)したのだった。
「お久しぶりですわね」
「ほんとに」
 邦子は昨年五月に、十九歳でエリート銀行員と結婚していた。配給所の帰りらしく、婆やと仲良く各々がバケツを握り締めている。
 邦子は家政婦に言含めて先行させると、公威に添い従った。一向にマダムらしからぬ動(どう)容(よう)である。
「変わってないね」
 公威はタイムトンネルを逆行し、あのうまくいっていた頃のムードに浸り始めた。邦子も同心(どうしん)らしい。
「平岡さんこそ、少々髪が伸びただけ」
「そう?」

< 99 / 444 >

この作品をシェア

pagetop