モザイク
仕事柄からなのか、救急隊員は素直に納得した。しかし、母親の方はそうもいかないようだ。
「ショックを受けるって・・・あの子の事以外にですか?」
「そうです。あの子ではなく、あなた自身の事です。」
「私の事?私がどんな事でショックを受けると?」
「それをこれからお話します。だから、そこに座って下さい。」
母親は桜井の言葉通りに腰掛けた。そして言った。
「どうぞ。」
「まだお願いがあります。これから誰にも触らないで下さい。物にも触らないで下さい。」
そう言って慎重に白い手袋と手術の時に使うキャップとマスクを渡した。
「いいですね。僕にも触らないで下さい。そして、それをつけて下さい。」
「はい。」
そう言って渡されたものを身につけた。これで肌の露出はだいぶなくなった。一次感染が起きにくくなった。
この時点で、救急隊員の方は自分がどんな状況にあるのか理解していると、表情から伺い知れた。
「まだ推察の域を出ませんが・・・。」
桜井は前置きをした。少しでもショックを和らげられればと言う配慮だ。
「あの子の病気は感染するかも知れません。」
「えっ・・・。」
母親はかなり動揺している。救急隊員は思った通りだったのだろう、黙ったままだ。
「それも直接触れた場合に感染する。さらに物にも感染する。そうらしいのです。」
桜井の言葉に、さすがの救急隊員も聞かずにはいられなくなった。
「ちょっと待って下さい。人同士に感染すると言うのなら、まだ理解も出来る。でも、物に感染するってどう言う事ですか?」
「これを見て下さい。」
桜井はビニール袋を取り出した。中に何かが入っている。小さいモザイクだ。
「それは・・・?」
ふたりは聞いた。
「聴診器です。患者さんに触れた結果こうなりました。この事から物にも感染すると結論づけたわけです。」
「・・・。」
頭が真っ白になった。少なくともふたりの知識には、物に感染する病気などなかった。自分たちはとんでもない事態に巻き込まれた。そう言わざる終えなかった。
「なんで・・・。」
母親は泣いた。救急隊員は何も言わずに天井を仰いでいた。
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