モザイク
バスは走る
大江は考えもしなかった。自分がモザイクに犯されている事に、そして自分が触れた者も犯される事に。

バスは走る。
大江はモザイクに怯えていた。だから、少しでも遠くに行きたかった。
「おい、あそこへ向かえ。」
大江はガラス越しに映る山を指さした。
「えっ、あそこですか・・・?」
運転手はやはり怯えながら聞いた。大江の指さした山は、バスの運行エリアからは大きくはずれている。
「あぁ、そうだ。」
「しかし・・・。」
運転手は後ろを見た。そこには何人かの客の姿があった。
「あいつらだって、俺に感謝する事になるさ。あんな恐ろしい目に遭わなくて済むんだからな。」
「恐ろしい目ですか?」
「なんでもない。とにかくあそこに向かえ、いいな。」
凄まれ、運転手は断れなかった。
「・・・はい。」

ゆっくりと右へ、そして左へと体がさらわれていく。バスが峠道に入った証拠だ。さらに古いサスペンションのせいで、揺り戻しも起きている。とてもじゃないが褒められた乗り心地ではない。
「お母さん、気持ち悪い・・・。」
この乗り心地のはじめの犠牲者は、一番後ろの席に座っている子供だった。隣にいる母親にそう訴えていた。
「ヒロ君、我慢してね。」
再びバスは揺れる。
「お母さん、我慢できないよ・・・。」
泣きはじめた。
「お願いです。バスをバスを停めていただけませんか?」
母親は大江に願った。すると、意外なほど簡単に大江は母親の言葉にしたがった。
「おい、バスを停めてやれ。」
「は、はい。」
路肩にバスを停め、ハザードランプを点けた。ガスの抜ける音がし、扉がゆっくりと開いた。
「ありがとうございます。」
母親は頭を下げ、息子と一緒にバスを降りた。
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