モザイク
「おいっ、他に降りたい奴がいれば降りろ。別にお前らがいようがいまいが俺はかまわないんだ。もう一度言う、降りたい奴は降りろ。」
母親の姿を見送ったあと、大江は言った。すると、その言葉をきっかけに残っていた乗客が一斉にバスを降りた。
「バカな奴らだ。このバスに乗ってりゃ助かったのにな。」
大江の横を誰かが横切った。運転手だ。
「おい、どこ行くんだ?」
大江は運転手の肩を掴んだ。
「えっ、降りたい奴は降りていいんじゃ・・・?」
「バカか、お前?お前以外に、誰がこのバスを運転するんだよ。」
肩を掴んだ手に力を込め、運転席に戻した。
「そ、そんな・・・。」

再びガスの抜ける音がし、扉が閉じた。
運転手と大江だけを乗せたバスが走る。

景色の中に民家が少なくなってきた。代わりに緑が存在を主張し始めていた。
窓を開けているせいもあって、緑は香りでも存在を主張していた。その香りを嗅いでいると、一瞬ではあるが自分が何のためにここに来ているのか、その目的を忘れた。

そんな大江を現実に戻したのは、コンクリートの塊だ。見上げるほどの大きさのそれは、ダムだった。意外なほど周りの景色に溶け込んだ人工物が目に入り、大江は現実に戻されたのだ。
おそらく学校がモザイクになってしまったのが、心に深く残っていたのだろう。同じようなものが視界に入り、心臓が鷲掴みされた。
<脅かすなよ・・・。>
そのダムにはモザイクの欠片など微塵も見えない。ほっと胸をなで下ろした。

バスは走る。
気がつけばダムの上まで来ていた。
バスは走る。奥へ、奥へ、山の中に進んでいった。

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