薔薇色の人生
天使との恋
いつもの様に5時にセットしてあるコンポーネントからの音楽が流れだした。バルコニーでタバコを1本灰にしてから手早く顔を洗い、歯を磨く。そして鶏小屋から卵を取り出し、携帯メディアを再生して牧場の門を出た。牧場の入口には大きな看板で『大自然の宝庫!動物たちとの触れ合いの王国へようこそ!』と書いてある。正確にいうと“書いてあるらしい”という事か。看板は解読できないほど痛んでいて、僕もここの主に聞くまでわからなかった。門を出てから向かう先は山の麓にある養護施設である。その施設には何らかの事情のある3~15歳の子供達が15人と施設長と職員3人の計19人が生活している。僕は毎朝その施設に毎日卵を届けるのが日課になっている。山頂にある牧場から山を下ると遠くに見える街の灯りと日の出前の陽線に持ち上げられた雲がとても美しい。毎朝同じ時間に同じ道を歩いていると季節の移ろいがよくわかる。そういえば今日から12月だ。みんなが一年で一番忙しい時期だと口を揃える。ただ残念ながら僕には実感がない。大学の獣医学科を卒業し、現在寝起きしている牧場に見学に来たつもりが、勤労意欲のない主と生命を輝かせている動物たちという環境を放っておけなくなってしまった。僕の名前は鬼塚強司。名前は強そうだが喧嘩が嫌いな24歳独身O型で3人兄弟の末っ子である。上の兄達はそれぞれ空手と柔道の有段者で、常に全国大会の上位に入り注目されている。僕だけは何故か身体も性格も正反対で、過去はイジメられっ子だった。そんな時に何度兄達に助けられたかわからない。約1時間歩いて施設に着いた。子供達はまだ寝ているだろうが、施設長の池谷さんはいつもの様に園庭の草木の手入れをしていた。『おはようございます』僕が声をかけると、池谷さんは振り向いて満面の笑みを返してくれた。その姿はまるで池谷さんの背後に霞がかかり、周囲をキラキラ星(?)が輝いている様に見える。年齢は29歳、小柄で髪はショートカットで実際の年齢よりは5歳くらい若く見える。まるで天使のイメージガールのコンテストがあれば優勝してしまいそうに可愛い。頭を少し傾けながら、片手を玄関へ差し出して中に入って下さいと合図するその可憐な仕草に僕の心臓はしゃっくりした。招きに応じて中に入り広間に腰をおろすと彼女は手話で《今日はコーヒー?紅茶?》と尋ねてきた。
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