好きだと、言って。①~忘れえぬ人~

「……なあ、亜弓」


帰りの車中。


病室でのはしゃぎっぷりが嘘のように沈黙していた浩二が、赤信号で止まったときに、不意に声をかけてきた。


できれば今、話したくないんだけど。


でも、さすがに無視するわけにもいかず、


私は、助手席の窓から雨に霞む町並みを見るともなしに見つめながら「うん?」と、気のない返事をした。


その私の反応に、浩二が一つ、長いため息を吐く。


『おいおい、浩二君、辛気くさいなぁ。ため息の数だけ、幸せが逃げていくそうよ』


なんて、いつもなら滑るように出てくる軽口を叩く気力もない私は、ただ、浩二の次の言葉を待った。


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