亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

…と、仮にも年下の若人から爽やかな嘲笑を受けたロキは、「うるせぇよ先生」と良い笑顔を返した。彼のこめかみに青筋が浮かんだ様に見えた気がしたが、もしかすると幻だったのかもしれない。

喫煙者ではないロキはあからさまに不快な表情を浮かべながら、ユアンから素早く距離を取った。壁際に寄ったロキの背後から、オルディオと話をしていたらしいレヴィとリディアが現れる。
途端、立ち込める煙草の苦い空気にリディアも顔をしかめる。レヴィはというと、喫煙者故かその無表情は全く動じない。

「ユアン、その小娘は診終わったのか?」

子猫と一緒にくしゃみを繰り返すサナを一瞥し、レヴィは言った。
…小娘、という彼の粗暴な呼び方にライは一瞬だけムッとしたが、口を挟む事は無かった。

「はい、診ましたよ。ですが、この娘の記憶喪失は原因不明とカルテには書かせて頂きます」

「………本当に、ちゃんと、診たの?」

ユアンは少々ちゃらんぽらんな医者である。金銭が絡まなければ適当に済ませてしまうのではないかと疑うリディアの言葉に、ユアンはその笑顔を初めて歪ませた。
眉を八の字に寄せた困り顔で、パイプを吹かせる。


「こらこら、それはちょっと心外ですよリディア君。確かに僕は金の亡者で大体ちゃらんぽらんですけどね」

「自覚はあったんだな、先生」

相変わらずの白い目を添えてぼそりと呟くロキに、ユアンは煙を吹き付ける。
地味に苦しい集中砲火を浴びてゴホゴホと咳き込むロキから目を背け、ユアンは傍らに座り込んでいるサナの頭をぽんぽんと優しく撫でた。


「最初は頭への強い衝撃による記憶喪失かと思いました。打ち所が悪かったのかとね。…ですが、そんな外傷は何処にも見当たらないし、たんこぶ一つ見当たらない…この通り、綺麗な頭蓋骨です。…次に、薬による記憶喪失かと疑いました。毒性の強いものでそういった副作用のある薬は存在しますからね。…ですが、強力な薬を体内に含めば、何等かの症状が表に出るものです。しかしこの通り……痣も何も無い」
< 150 / 341 >

この作品をシェア

pagetop