亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
幼い自分には、子供の作り方だとか、女性の身体の事とか、妊娠だとか…そんな知識はほとんど皆無に等しく、ましてや妊娠中絶が何たるかなど知る筈も無かったのだが。
ただ、見慣れた母の笑顔が笑顔ではない気がして。
胸中で渦巻いていた苛立ちが、馬鹿馬鹿しく、子供っぽく思えて……あんなに荒々しかった感情は次第に、敵意むき出しに晒していた棘を引っ込め、凪いでいくのが分かった。
母が、泣いているように見えたのかもしれない。母の話がどういうもので、決して面白おかしいそれではないことを何となく感じつつも、そこにどんな感情が孕んでいるのか分からなかった。
はっきりと分かったのは、母が、とても辛そうだったという事だけだ。
『その大好きだった恋人も、他の女の人と暮らしちゃって……でも、村を賊に襲われた際に死んじゃってね。……………母さん、もう誰に怒っていいのか分からなくなっちゃって………そんな時だったよ、お前を見つけたのは』
『………光ってた僕を?』
『そう、お前だよ。………泣き疲れて、へとへとで…茫然と砂漠の真ん中を歩いていたら、ね。………そりゃあ綺麗だったよ…お前は。………キラキラしていたさ…』
半ば赤い砂に埋もれた汚い産着の中。
無という絶望のみが蔓延るこの広い砂漠の真ん中で、いくら声を上げても耳にする者はおらず、耳を貸す者もいない。
助けも希望も無いそんな砂の海で………赤子は泣いていた。
誰に向ける訳でもなく、ただただ、泣いていた。
母親の温もりを欲する赤子の泣き声は、この砂漠では獣を呼び寄せるだけにしかならない。
巻き込まれるのは御免だ。早々にその場から立ち去るのが、一番賢明な判断だ。
すぐにでも背を向けるべき。
なのに。
『お前を見た瞬間ね、母さん………急に泣いちゃってね。……こんなに小さい赤ちゃんも、あたしと同じ様に捨てられちゃったんだ。生まれたばかりなのに。あたしでさえたくさん笑った思い出や、大切な記憶があるのに……この子には、そんな時間さえ無いなんて…って』