水とコーヒー
「だから、私も貴方も、というかむしろ貴方が、この人をシる必要があるの。そうすれば私もこの人をシることができるから。そうすればなんとかできると思うのよね」

安心していいのだか、困惑していいのだかわからない。理解していいのか、理解できるのかもわからない。

ただ、そうすべきなのだというならばそうするべきなのだと、僕は自分の理性やら理解やらを放置して、先輩の言葉に頷いた。


「でも、それでなんで昔の家を?」

「うん。さっきもいったけど長く住んだ家って、その人の存在を構成する大きな要素なのよ。宗教じみた言い方をすれば『魂を作り上げた場所』なの。だからそこを辿って、この人との繋がりを探すのよ」

「え、でもじゃあそんな昔からのことなんですか?」

「そういうわけじゃないわ。こういうのにはあんまり時間的な縁って関係ないから。ただ相手―今は貴方ね、それが無自覚な場合、探すのには一番適した方法というだけ。多分、貴方はその記憶とイメージを辿ることで、この人に会えるわ。その中でね」

「うーん…まぁやってみます…」

「ええ、そうそう。まぁ、やってみましょ、でいいのよ。そんなに重苦しく考えないでいいから。貴方は私と普通に会話していればいいだけ。ただ、なるべくでいいから、その中で見たもの見えたものは隠さず話してね。そうでないと私も何も出来ないから」

最後の一言を云うとき、先輩は確実に僕の目だけを見つめていた。それだけ大事なことなんだろう。

そう認識すると、途端に恐怖感がこみあげてきたが、先輩はこれまでの会話の中で、ここ数ヶ月の間中、僕の身の回りに起きていた様々な奇妙な事や、漠然とした不安感だの恐怖感だのに、全く触れなかった。
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