水とコーヒー
#2
詳しい話、といっても僕が語るべき事というのはあまりなかった。

というか、なにをどう語ったらいいのかわからないのだ。

いや、細かく事を挙げればキリがないのだが、そうした気になる全てを語ろうと、思い当たることを様々思い浮かべると、言葉にしようとする前に恐怖がやってきてしまうのだ。

その“恐怖”は、別に先輩のいう「ツいている」モノやら得体のしれない何かについてのものじゃあない。

もっと単純なことだ。


「ただ神経質になっているだけじゃないか?」

「少し疲れているんだよ。休みなよ」

「俺の知り合いで同じようになってたヤツがいたけど、しっかり薬飲んでいれば治ってたよ」

などという、彼らの思う“心配”や“思いやり”だの“優しさ”だのといったオブラートに包まれた、哀れみと異常者を見る目。

その目に対する“恐怖”だった。


正直に云ってしまえば、霊だのなんだのよりも、そういう形で正常と異常の境界の向こう側に追いやられてしまうことの方が万倍も怖い。怖いのだ。

いつのまにこんな風に怯える様になってしまったのかはわからないのだが、とにかくそれがなによりも怖いのだ。

心配の言葉をかけられればかけられるほど平気だと軽口で応えてしまう。

鏡を見れば自分でも呆れるほどに青ざめた顔で、無理矢理に笑顔を組み立ててしまう。

だけど、その裏には「俺は正常なんだ!!」という叫びを押し殺していた。


だから先輩に促されても、とてもじゃないが言葉が出てこなかった。

なにかを云おうと喉元まで言葉を運ぶが、口から出そうになるのは「いや、大丈夫ですよ」という会話を成立しえないような意味不明の強がりになりそうになってしまう。

僕は喘ぐ様に口をまごつかせながら、自分の目を見つめる先輩の目をただ見返すことしかできなかった。
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