アリスズc
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 出立の日が、近づいてくる。

 リリューは、いつもと変わらない生活をすることに勤めた。

 そんなある日。

 母が、家に帰って来ていた。

 父と話をしている。

 二人が、そうして話している姿を見るのを、リリューは好きだった。

 父の表情も母も表情も、一人の時より少しだけ柔らかくなる。

 門下生の中には、リリューに同情する者もいた。

 父と母が厳しくて、家の中がさぞや窮屈だろうと。

 そんなことは、思ったこともなかった。

 父は、おそらくこの家では、一番穏やかな人間だ。

 本当に強い人間は、決して吠えない。

『吠えないいい見本が、家にいるだろ?』

 昔、母がそんな風に父を揶揄したことがあった。

 母は。

 彼女は、迷わない。

 迷わないのは、自分の道をしっかりと歩いているから。

 その道から決して外れず、母は歩き、走り、時に飛んで来た。

 あの血だまりの中で吠える自分を救った時も、きっと一瞬も迷わなかっただろう。

 素晴らしい背中を二つ。

 リリューは、この家で与えられた。

 その背中の一つが、彼の方を振り返った。

「リリュー、ちょっと来い」

 母は、彼を呼ぶ。

 近づく背は、自分の方が大きい。

 母を見下ろす度に、奇妙な気分になる。

 こうして目の前にしないと、自分の方が小さく感じるせいだ。

 そんな彼女が。

 信じられないことを、した。

 腰から、刀を鞘ごと抜いて、こう言ったのだ。

「持っていけ」

 あの。

 サダカネを。
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