アリスズc
∞
「ロジアは、ここの領主の愛人だ」

 ブーーーッ。

 伯母の何気ない一言に、桃は出されたお茶を噴き出した。

 この町のこと、二十年前の事件。

 伯母に聞きたいことは色々あるが、まず彼女が最初に話し始めたのは、妖艶なこの屋敷の女主人のこと。

「既に領主の奥方は亡くなっている。身分の関係上、愛人という立場になっているだけだ」

 未婚の桃には難しい話が、ひらりはらりと上から舞い落ちてゆく。

 次郎は、おなかいっぱいになって満足したのか、小さなベッドでぐっすりと眠り始めていた。

「あの事件の慈善事業で、領主はロジアを見出したようだ」

 二十年前の事件で、孤児になったロジアは、一時的に国に保護されたという。

 この国の太陽は、あの事件を国難と考え、その被害者であるこの町に、手厚い加護を行ったのだ。

 国の保護と言っても、実際にまつりごとの指揮を取るのは領主になる。

 その時、ロジアの素晴らしい才能に、目がかけられた。

 彼女はとても頭がよく、それが気に入られたというのだ。

 領主が目をかけると、彼女はその能力をめきめきと伸ばしていった。

 特に、商才に秀で、自ら飛脚問屋を経営するほどになる。

 そして。

 彼女は、領主に愛された。

 あの火傷の跡があったとしても、それ以上にロジアは魅力的だったのだろう。

 いまもなお、領主の愛を受けながらも、彼女はこの町の豪商として働いているというのだ。

 それが、ここの女主人の略歴。

「はぁ…」

 同じ女でありながら、その壮大な人生は、桃の想像を凌駕している。

 都でさえ、商人の妻はいるが、女の商人などほとんど見ることが出来ないというのに。

「ここには、時々奇妙な商人も来る…私はもうしばらく滞在することにするから、好きにするといい」

 伯母は。

 都への帰還を、桃の仕事の後にしてくれるようだ。

「ありがとう、伯母さま」

 礼を言うと。

 伯母は、いままで見たことのない笑みを浮かべた。

 あれが──母の笑みだろうか。
< 334 / 580 >

この作品をシェア

pagetop