短編集

 春になった。例年よりも早い桜の開花、その知らせを聞きながら大学の門をくぐる。大学の桜も、控えめに薄紅の花を開いていた。花の数はまだまだ少ないけれど、梢は赤く萌え、はち切れそうな蕾がいくつも見える。上を向いて歩いていたら、慣れない草履に何度も転びそうになった。
卒業式は恙無く進行し、空から赤みが消える頃、学位記を手にした私はひとり西五号館に入る。人目を避けてB階段に入り、一階と地階の間の踊り場へ行く。
あれから、NISHI2-407は使っていない。先輩も見かけていない。誰かに話す勇気もない。先輩はああ言っていたけれど、先輩の正体を、NISHI2-407の虚構を知ってしまった私が使えるとは思えなかった。いや、使えないことを証明してしまうことが怖かった。NISHI2-407を通してでしか会うことのできない先輩に、会えない現実を知ることが嫌だった。だから今日、確かめたかった。使えるかどうか。そして、できることならもう一度、先輩に会いたかった。
携帯電話を取り出し、アドレスを入力した。決定ボタンに親指を置き、目を閉じる。息をゆっくり吐き出して、吸う。そして、親指に力を込めた。

――アクセス。


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