1970年の亡霊
 三山は母に頼んで届けて貰った書物を、朝から夜遅くまで読み耽っていた。

「百合がそういう本の趣味があったなんて、ちょっと驚きだわ」

 と、母の幸恵は言ったが、その口振りは寧ろ嬉しそうだった。

 家族の反対を押し切って警察官になり、女だてらにキャリアの道を歩んだ。その結果、二度も命を落とし掛けた。

 これをいい潮時として、女としての道を歩いてくれたら……

 口にこそ出さないが、それが偽りの無い気持ちであった。だからなのか、それまでとは打って変わり、仕事を忘れて読書に熱中する一人娘に、何処か安堵感を抱いたのであろう。

 だが、三山は決して仕事を忘れていたのでは無かった。

 彼女が病室に山ほど持ち込んだ書物は、全て喜多島由夫のものであった。

 河津に、具体的なものを掴めと言われた事から、三山は川合俊子が調査しようとした原点に戻ろうと考えたのである。

 喜多島由夫の作品を出品するオークションサイト。その作品をクリックして行くと、川合俊子から見せられた例の散文詩へと辿り着く。

 しかも、通常ではアクセス出来ず、あるコードを打ち込むと入って行ける。そのアクセスコードは19701125。喜多島由夫が、市谷の陸上自衛隊駐屯地へ乗り込み、最後は割腹自殺を遂げた事件が、1970年11月25日。ただの偶然とも言えるが、あの時川合は、こうも言っていた。

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