1970年の亡霊
 SAT第三小隊の指揮官、深見禎明警部は濃紺のアサルトスーツに着替え終えた部下達の表情を注意深く観察していた。

 現在の部下達にとって、今回の出動はSATとしては初めてである。総監から許可された使用火器と装備は、SATの持てる全てであった。その事が何を意味するか。ケプラー製の防弾ベストをアサルトスーツの上から着けると、深見は装備の装着に手間取っていた瀬尾巡査長の傍へ行った。

 最年少の瀬尾は、緊張で青ざめた顔を強張らせていた。MP5SD4短機関銃の予備弾倉が装着されたベストが上手く着られないでいる。

 深見は後ろに回り、ベストのバンドを締めてやった。

「訓練を思い出せ。現場では絶対に一人になるな。いいな」

「はいっ!」

「うむ」

 一般にSATはアメリカのSWATを模倣した特殊部隊と思われがちだが、実際はドイツの特殊急襲部隊GSG9をモデルにしている。所属は警視庁第六機動隊の第七中隊(他の機動隊は六個中隊編成)として、羽田空港近くの勝島に本部を置いている。これは、元々ハイジャックなどに即応出来るようにとの配慮からであった。アメリカでの9.11テロ後、国際テロに日本国内も巻き込まれる可能性が出て来たという見地から、現在はテロ全般へ対処出来るように訓練されている。

 全国から選抜された彼等は、概ね二十五歳以下の独身者で編成され、一旦SAT隊員になると、警察官名簿から履歴が消される。本庁内の人間でも、彼等の氏名年齢を把握している者は殆どいない。

 警察官達は、彼等SATを畏敬の念を込めてこう呼んでいる。

『チヨダ』

 以前は、『サクラ』という呼び方をされていた事もあった。

 第六機動隊長を兼務している深見は、腕時計の時刻を合わせるべく、全員に今の時間を伝えた。



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