1970年の亡霊
 夫である垣崎剛史は、中学卒業後、高校には進学せずに横須賀の陸上自衛隊少年工科学校へ入校。

 以来、自衛官として首都圏各地で勤務。

 階級は三佐。現在は、練馬に駐屯する陸上自衛隊第一師団第三十二連隊教育課教官というのが肩書きであった。

「教官という事は、新しく入って来た自衛官を訓練し、教えるといった役職ですか?」

「はい。とは申しましても、直接訓練に携わっていた訳ではないようで、指導は若い部下の方々に任せていたそうです。主人の仕事は主にデスクワークだったと聞いて居りました。ただ、私にはその辺の事はよく判りません」

「それは奥さんに限らず、大概の家庭がそうだと思いますよ。うちの家内にしたって、私が実際に毎日どのような勤務に就いているかなんて、殆ど知りませんから。単に刑事だと知っているだけで、ドラマの刑事みたいに年中走り回っている位にしか、理解していないでしょう」

 話の所々で軽い冗談を交えながら、どうにかして垣崎明子の緊張を解そうとする堀内であったが、彼女の表情はずっと強張ったままであった。

「で、最後にお宅を出られた日が、六月二十五日朝七時十五分……。
 どうして正確に時間まで記憶されていたんです?」

「はい。駐屯地のある練馬まで行くバスの時間が、七時二十八分でして、主人は決まってその時刻のバスに乗るんです」

「ご主人の行方が判らなくなってから既に一ヶ月以上になりますが、その間どなたかにご相談とかは?」

「翌日になっても主人から何の連絡も無かったものですから、所属の教育課へ電話を致しました……」

 明子の口調が、ここで少し重くなった。

 それまでは、不安を表に現しながらも、しっかりとした口調で話していただけに、この小さな変化を堀内は見逃さなかった。





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