1970年の亡霊
 中年女性を取調室へ案内し、受付に戻って来た波多野巡査へ、

「行方不明者となった身内の件で相談に来ている人に対して取る態度じゃないぞ。事件に巻き込まれたかどうかもまだ判らない現時点で、残された家族の方にしてみれば、心配で仕方が無いものなんだぞ」

 と、その刑事は言った。

 その刑事は、板橋署の捜査一課で係長をしている堀内警部補であった。

 堀内にそう言われた受付担当の波多野巡査は、神妙に頭を下げ自分の持ち場へと戻って行った。

 不安げにパイプ椅子に座る中年女性の緊張を和らげようと、堀内は女性刑事を同席させ、話の内容を書き取らせる事にした。

「こういう部屋ではなかなか話しづらいかと思いますが、あちらでお話されていた内容よりも、一段踏み込んだ部分までお聞きしたいもので」

 緊張で身体を強張らせている中年女性は、堀内の心遣いをありがたいと思った。

「では、最初からで申し訳ありませんが、ご主人が家を出てからの事、その何日か前の事も含めてお聞かせ下さい」

「はい……」

 伏し目がちの顔を上げ、口を真一文字に引き結んだ表情は、思わず見とれてしまう程に美しかった。

 相談に来た中年女性は、行方不明者の妻で、名前を明子と言った。

 年齢は四十三歳。

 結婚して十八年。二人の間に子供は出来ず、亡くなった先妻との間に二人の息子が居るが、いずれも結婚している為、夫婦二人で暮らしていた。


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