1970年の亡霊
 活字を貪る……自分はこんなにも文字に、文章に、そして人が紡ぐ言葉というものに飢えていたのか、と実感した。

 時間を忘れる位にページを捲るなどという事は、一体いつ以来であろう。

 三分の一程のところで、漸く我に帰ったかのように、垣崎の意識は自分が置かれた現実へ舞い戻った。

 扉が開けられる音がし、視線を向けると、食事のトレイを持った三山の姿があった。

「夕食から、お粥が出るようになったみたいですよ」

 と彼女は言って、ベッドの手摺りに付属した小さなテーブルをセットし、トレイを置いた。

 純白の粥が眩しく見えた。

「この紐、もう少し緩めましょうか。そうすれば、ご自分で食べられますものね」

 三山が、ベッド脇のパイプに結び付けられた紐を解き始めた。右手が自由になった。

 垣崎は、三山が自分の為に甲斐甲斐しく世話をする姿をみているうちに、妻の明子に看病された時の事を思い出した。

「あ……読んでらっしゃったんですね」

 三山が枕元の本を見つけた。

「勝手にすみません……」

 垣崎は読み掛けで伏せたままの本を取ろうとした。

「構いませんよ。もし、他に読みたいものがあれば仰って下さい」

「貴女は……貴女は、刑事とは思えない人だな……」

「……そんなふうに見えますか?」

 三山は垣崎が自分を見る目に、微かな変化を嗅ぎ取った。

「……今日は、何日でしたでしょうか?」

「十一月二十三日です…あ、勤労感謝の日ですね」

 垣崎は、彼女の物言いが何と無く微笑ましく思えた。

「二十五日……明後日」

「命日……ですね」

「そうじゃない……」

 三山は垣崎の表情が強張り始めた事に気付いた。




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