純情乙女の昼下がり
******************


「あの」

佐々岡さんが玄関を出たところで、思わず呼び止める。なんだか心の奥がモヤモヤして、落ち着かなかった。

「なに」

振り返った横顔は、相変わらず涼しげな表情。

「有給なのに、すみませんでした」

なんとなくばつが悪くて、謝ってみた。せっかくの休みを潰されたら、誰でも嫌だしね。

「別に。仕事は仕事だし」

まあ、それはそうなんですけど。もっと人間味のある言葉は言えないのかな、この人。

謝った分、損したかも。
と言うか私、わざわざ追いかけてきて、ものすごく恥ずかしいかも!

ため息を吐いて、事務所に戻ろうとした私の背中に、とんでもない言葉が飛んできた。

「この貸しを返してもらえる日が、楽しみだな」

貸し?!

光の速さで振り返った私を見て、佐々岡さんは小さく笑ったように見えた。(逆光で、目を細めただけかもしれないけれど)

「コーヒー、ごちそうさま」

疑問だけを残して、そのままスタスタと歩いていってしまった。

休日返上で緊急の仕事をすることは当然と考えているのに、休日を妨げた私へは貸しができた、と。そう言いたいのですね。

「ほんっと、性悪男!」

いつか絶対本性をさらけ出させてやる、と意気込む私。
忘れかけていた夏の暑さが、急に噴き出してきて額に張り付く。
少しだけ縮まったかもしれない距離と、意地悪な恩人に対して抱いた感情をどうしていいかわからない昼下がりなのでした。



【終わり】
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