闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 男はその言葉ににっこりと笑う。

 「じゃ、ゆっくりお話してくれる?」

 エナは数瞬考えた。
 ここまでしつこい男から逃げ切るのは不可能に近い。かといって、また競歩をするのは避けたい。しかしこれ以上時間を割いてまで話の相手などしたくない。余計懐かれても困るし、図々しくなられるのも迷惑だ。

 ――よし!

 一つの閃きのもと、エナは顔を輝かせた男に人差し指を突きつけた。
 突然のことに男は身動(ミジロ)ぐことも出来ず、何秒かたったあとに目を真ん中に寄せてその指を見た。

 「一コ、質問」

 男は「?」を顔に書いたままエナへと視線を戻した。

 「その答えに納得したら付いてく。納得できなかったら、ここでバイバイ。それでも付き纏うなら……死体が出てきてもこの町ではさして珍しいことじゃないんでしょ?」

 治安の悪いトルーアだからこそ出てくる物騒な物言いに男は少し苦笑する。

 「構わないよ、それでも。あ、でも何答えても気に入らないってのはナシね?」

 エナは元よりそのつもりである。これ以上この男の為に割く時間などありはしない。

 「大丈夫。そう思ってるのを変える答え、出せばいい」

 さらりと本音を隠すことなく口にすると男は一瞬目を丸くした。継(ツ)いで笑い出す。

 「ほんと面白いね。普通思ってても言わないよ、そんなこと」

 「嘘付く意味もないし」

 最後に付け加えられた、あんた程度に、という言葉を無視して男は含み笑いを漏らす。

 「素直なんだ。益々好いね。で? なんなの? その質問って」

 その言葉に促されるようにエナの細い腕が動く。
 そして、人々が行き交う雑踏を指差し、そこでぴたりと止まる。

 「此処を……」

 エナは得も云えぬ雰囲気を醸し出す。
 ぴんと張り詰めた空気。
 二人の空間だけが別の空気に染められ、景色が色を無くす。

 「真っ直ぐ行ったら、何処に辿りつく?」

 きょとんとするジストを振り返ったエナは唇を少し吊り上げて笑う。
 確固たる自信の上にあるような笑み。
 強者のみが持つことを許されるような。
 苦しみも悲しみも知らぬような。
 そんな笑みを浮かべた唇は、挑戦的な響きを持った言葉で飾られる。

 「さ、答えなよ」
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