闇夜の略奪者 The Best BondS-1


 「おいコラ」

 通常四人用のテーブルを人差し指で叩く音と共に怒気を含んだ声が耐えかねたように飛んだ。もちろんエナである。
 何の因果か、結局ナンパ男とお茶を飲む羽目になり訪れた先は木の匂いがする喫茶店。
 喫茶店といえども酒は一日中常備されているし、仕事のない男共が世の中を笑い飛ばす為酒をかっ喰らい乱闘が起きるような店であるが、そこはこの際無視しておこう。
 呼びかけても答えない男に、エナは氷でだいぶ薄まったミルクティーをストローで行儀悪くも音を立てて飲み干すと、平手でテーブルを、ばん、と叩いた。
 既に空になった背の高いパフェの容器がぐらぐらと揺れる。
 響き渡った音のせいで店内は一瞬静まり返るが、それから少しずつざわざわとし始め、怪訝そうな顔つきで彼らを見るようになる。

 「あんったねぇっ……!!」

 人一人くらい簡単に射殺してしまえそうな殺気がその瞳の中では何の枷も持たずに暴れていた。

 「いい加減にしろ! ここはキャバかっ!」

 エナは身を乗り出して詰め寄った。
 此処に入るなり、入れ替わり立ち代わりジストの元に女性がやってくる。座った場所が窓際というのも悪かったのだろうが、わざわざジストと話す為だけに店に入ってきたりするのだ。勿論、そんなわけだから、入ってきたもののエナはジストとまともに会話を交わすこともなく、ただただ無駄な時間を浪費し続けているのである。

 「あ、いいねえ。だったらエナちゃん指名するよ?」

 きぃっ、と頭を掻き毟り怒りに悶えるエナの耳に甘ったるい女性の声。

 「えー、やだぁ、ジストくんったら。私は? 指名してくれないの?」

 胸焼けしそうな声にジストは声に出して笑う。わざとらしい笑い方だ。

 「ははっ。キミみたいな美人さんはライバルが多そうだからなあー」

 その言葉はエナが美人ではないと公言しているようなものだったが、彼女は目をぐるりと回して嘆息した。勝手にやってくれ。但し、自分の居ないところで、という心境である。

 「時間の無駄。帰る」
 「わあ! わかったから! 謝るよ。嫉妬させちゃってごめんね?」

 席から立ち上がったついでに踵を返そうとしたエナをジストは慌てて引きとめた――的外れながらも。
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